2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧

人類の始めを越えて (上)

ルカ24章50-53節 (1) 今日の聖書はルカ福音書の最後の箇所ですが、ここに、復活のイエスは弟子たちを「ベタニアの辺りまで連れて行き、手を挙げて祝福された」とありました。 ベタニアは、イエスの一行がエリコの町からエルサレムに入城する前に、…

世界は一つの家族 (下)

エフェソ2章14-22節 (3) エフェソ書1章には、「教会はキリストの体」であるとあります。また別の箇所には、教会の頭はキリストであり、私たちはキリストの肢体であるとあります。また今日のところには、教会は、「使徒と預言者という土台の上に建…

世界は一つの家族 (上)

エフェソ2章14-22節 (1) ユダヤ人たちは、その長い歴史の中で、自分たちは神の「契約の民」であるという独特な信仰を抱きました。それで、彼らは周りの国々や諸宗教との違いを大変強調しました。そして、自分たちは神によって選ばれた民、神の選民…

老いに光あり(下)

イザヤ書46章1-4節 (前回からつづく) 今日は、「老いに光あり」という題です。老いというと人生の晩年を指しますが、老いは老人にだけ当てはまりますが、晩年は老人だけではありません。30歳で亡くなっても晩年はあります。20歳でも晩年という言…

老いに光あり (上)

イザヤ書46章1-4節 (1) 今日の最初の所に、「ベルはかがみ込み、ネボは倒れ伏す」とありました。ベルもネボもバビロニアの偶像の神です。ベルはパレスチナではバールの神として祀られた男の神です。ネボは女の神です。ベルとネボは、いつも同時に出…

何を恐れているのですか (下)

ルカ12章29-34節 (2) 私たちは誰しも、安定した、安全な生活を求めます。それは本能的な欲求です。しかし、そのことがあるために貧しくなることを恐れ、安全な生き方に過度にしがみつき、そして、それが金にしがみつき、富裕であることに執着し、…

何を恐れているのですか (上)

ルカ12章29-34節 (序) イエスは言われます。「小さな群れよ。恐れるな。」 置かれている状況によって違いますが、私たちは何を恐れているのでしょう。自分の小ささでしょうか。人との関係でしょうか。自分の能力のことでしょうか。年をとることでし…