温かい愛の配慮


           大学に合格して、インドのムンバイからイギリス旅行のプレゼントで来たんですって。
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                                                 何事も愛をもって (上)
                                                 Ⅰコリント16章13‐14節



                                 (序)
  子どもたちへのメッセージ、ありがとうございました。お母さんが愛情をもって子どもたちに語るストーリーテリングというか、そんじょそこらにない、大山教会でしか聞けないお話でした。自由にのびのび大きくイメージを膨らませられて、大人も、当時の12才のイエス様の場面がくっきり思い浮かび上がったのでないかと思います。

  さて、今日は13節、14節の、「目を覚ましていなさい。信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。何事も愛をもって行いなさい」という所を中心に学びます。

  パウロは、現在のトルコの西岸にあるエフェソから、エーゲ海を渡って対岸にある、対岸と言っても4~500キロ離れた、コリント教会にこの手紙を送り、今、長いこの手紙を終わろうとして、「目を覚ましていなさい。信仰に基づいてしっかり立ちなさい。雄々しく強く生きなさい。何事も愛をもって行いなさい」と書いたのです。

  信仰者とはどんな人か。色々な言い方ができますが、信仰的に良心が鋭くなった人たちだと言ってもいいでしょう。ですから彼らは、真理に対し、神に対し、いったい自分は目覚めているだろうかと普通の人以上に問います。それを放ったらかしで、自分の欲求だけで生きていないだろうか。信仰に堅く立ち、たとえまだ不十分でも、堅く立とうと自分と戦っているだろうか。勇気を持ち、強くあるだろうか。これら全てを貫いて、愛をもって自分は生きているだろうか。こう、しばしば反省したり、問う人でないかと思います。

  パウロは、キリストの愛が強く心に迫っていたので、これらを人一倍強く感じていたのです。彼がこの手紙全体でして来たのは、13、4節に凝縮されて語られることだと言っても過言ではないでしょう。

                                 (1)
  今日はお読みいただきませんでしたが、彼は手紙を終えるにあたり、16章1節以下で、当座の課題、今後の計画、そして特に必要と思われる人たちへの配慮や指示を書いています。

  先ずエルサレム教会への募金の事です。コリントからエルサレムまで、地中海を直行しても約1500キロ離れた言語も民族も文化も異なる未知の世界です。貧しい国ですが、福音はそこから伝えられ、しかも当時飢饉がパレスチナを襲ったために、エルサレム教会の困窮は甚だしく、ただでもユダヤ教徒からの迫害もありましたから、彼は救援金をギリシャマケドニアの諸教会で募りました。

  1節以下は、その募金への心構えです。「聖なる者たちのための募金については、わたしがガラテヤの諸教会に指示したように、あなたがたも実行しなさい。わたしがそちらに着いてから初めて募金が行われることのないように、週の初めの日にはいつも、各自収入に応じて、幾らかずつでも手もとに取って置きなさい」とあります。

  現代の募金や献金の心構えとしても教えられます。パウロが来てから慌(あわ)てて搔(か)き集めるのでなく、毎週、週の初めの日曜日に、各自の収入に応じて手元に取って置きなさい。単にお金を沢山出せばいいというような事ではない。用意周到な心の籠った募金が大事だと語るのです。

  どこの教会でも月定献金で教会を支えています。月定献金というのは、多くの教会で、できるだけ月の第1週に献げようという習慣があります。サラリーマンなら毎月25日とか20日にお給料を頂く。それでお給料から月定献金を取って置いて、それを第1週の礼拝でお献げするという風に、です。ここでパウロが語っているのも、そういう信仰と心を込めたものであって欲しいということです

  そういう態度で献げられたものなら、募金を受ける教会も嬉しいでしょう。祈りを込め、愛をもって行なった募金であれとは、まさに、「目を覚まし、信仰に堅く立ち、愛をもって行え」と語ることです。

  「週の初めに」とは、相手の事を覚えるのが習慣になるようにとの勧めです。神を愛し、キリストを愛するとはそういう深みのある事だと語るのです。

  その献金を、「あなたがたから承認された人たちに手紙を持たせて、エルサレムに行かせましょう」と語っています。献金は、教会で承認された教会の公けの使者らが、届けるようにしましょうと語る所にも、深い配慮を感じさせられます。

  次の5節以下は、彼のコリント再訪の事です。場合によっては、滞在は冬を越すことになると書きます。地中海の冬の船旅は危険で、その場合、春になり、あなた方から次の地に派遣される形になれば、あなた方の誉れになると匂わせています。

  ここにも彼がコリント教会の事でいかに心配しているかが滲み出ています。幾分かでも教会の問題を解決した後で、コリントを出発したいというのです。パウロの旅は物見遊山ではありません。信仰に堅く立って生きるようにと、彼が伝道した各地の教会を励ますためです。

  8節で、「五旬祭まではエフェソに滞在します。わたしの働きのために大きな門が開かれているだけでなく、反対者もたくさんいるからです」と書くのも、その一つです。エフェソ伝道の可能性が開けそうな状況にあるのでしょう。その可能性は、何らかの反対者が沢山あり、それが解決すれば大きな進展になるというのです。大きな一族や有力者が改心し、地域一帯がキリスト教になる可能性があったかも知れません。

  テモテの事も配慮しています。彼は自分同様に、「主の仕事をしている」のだから、この青年伝道者を軽んじないようにと頼みます。人間は弱くて、年齢が下だと見下げがちになります。実際信徒は世での経験は豊富だが、20代の若い青年伝道者だと何も分かっちゃあいないということになるでしょう。さらにコリント教会と親しい関係にあったアポロの事でも、誤解が生じないように、彼の今の気持ちを率直に伝えています。

  パウロは各自の自主性を尊んだ事が窺えますし、万事に目配りが行っている事も分かり、彼の愛の配慮が各所にあります。このような事があって、諸教会は安心して彼を支え、そのリーダーシップを信頼して諸教会が働いたに違いありません。

       (つづく)


                                                  2018年11月18日



                                            板橋大山教会  上垣勝



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