笑いながら虐める


    今年のミモザは2月初めに咲き始め14日には何本かの枝が満開になりました。   右端クリックで拡大
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                                          職業で神に仕える (上)
                                          出エジプト記1章11ー22節



                               (1)
  ナイル川下流域に発達したエジプトの歴史は古く、世界4大文明の一つで、約5千年の歴史を持ちます。イスラエルがこのエジプトの歴史に登場するのは族長ヤコブの時代、紀元前約1700年頃です。彼らは大飢饉を逃れてナイルのデルタ地帯に来て、エジプトに色々貢献しながら数百年の長い平和な時代を楽しみます。

  しかしそれから4百年程が経過して何代も王朝が変わり、ファラオに次ぐ地位にいたヨセフのことを知らない王朝になります。それが1章8節に、「そのころ、ヨセフのことを知らない新しい王が出てエジプトを支配し…」とある、セチ1世という紀元前1300年頃の人物です。

  更に時代が少し下り、紀元前1250年頃に有名なラメセス2世が登場します。今日の11節に、「エジプト人はそこで、イスラエルの人々の上に強制労働の監督を置き、重労働を課して虐待した。イスラエルの人々はファラオの物資貯蔵の町、ピトムとラメセスを建設した」とあります。ラメセス2世がイスラエル人の強制労働で建設したのがラメセスです。ナイルの上流にある有名なアブシンベル神殿も、彼が重労働を課して造らせたものです。

  「重労働を課して虐待した」とありますが、厳しい鞭打ちと制裁で彼らの精神と意志を砕き、抵抗できぬようにして働かせたのです。また、「ファラオの物資貯蔵の町、ピトムとラメセス」とありましたが、ラメセスは彼の名を冠した当時の首都です。彼はデルタ地帯の北東部に都を作り、数百キロ南にピトムの町を築きました。

  テレビでは壮大なアブシンベル神殿を誉めて紹介していますが、彼の支配の実態は恐ろしいものでした。彼は自分を神として崇拝を強要しました。ところが、イスラエル人は「虐待されればされるほど彼らは増え広がったので、エジプト人はますますイスラエルの人々を嫌悪し、彼らを酷使し、粘土こね、れんが焼き、あらゆる農作業などの重労働によって彼らの生活を脅かした」のです。

  エジプト人の過酷さは酷いものでした。だが虐待される側も実にしぶとく、「虐待されればされるほど彼らは増え広がった。」凄い気力だと思います。

  だが、しぶとくなればなるだけ彼らへの憎悪が一段と増したのです。奴らはここまで虐(いじ)めても降参しない。化物のような奴だと言って笑いながら、化物たちをやっちゃえ、とことんやってグーの音も出ないまで叩きのめせと、仲間内ではゲラゲラ笑いながら虐待を増し加え、徹底して酷使した。「酷使」とある言葉は、いかなる憐れみもかけず使役することです。

  私たちは酷使されたり過酷を極める重労働を課せられた経験はないでしょうが、例えば、私は町屋伝道所に行くのに都電の新庚申塚まで歩きます。健康と経費節約のためです。普通だと約50分、急ぎ足で歩くと40分ですが、もう少し急ぐ時は、横断歩道で赤信号になる前に小走りで全ての信号を渡って、信号待ちなしで行くと35分です。これは少し無理すれば行けます。しかし、もし30分で行け、いや25分で行け。雨の日も、雪の日も、何があろうと25分で行けと課されたら、過酷さを極めるでしょう。

  夜遅くまでリヤカー付きの自転車でクロネコ・ヤマトさんが宅配便を配達しています。殆ど休みなく走っている感じです。町で見るたびに頭が下がると共に、かなり無理難題を言われて奴隷のように酷使されているのではと案ずる程です。だがラメセス王はそれ以上の無理難題を突き付け、過酷な重労働を課して痛めつけたものと思われます。

     (つづく)

                                         2018年2月18日



                                         板橋大山教会  上垣勝



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