過信する者は倒れないように


      ポター夫婦のことを想いながらモス・エクルズ湖を過ぎると、突然羊の群れの中に出ました
実はここで地図を持って来るのを忘れ右に行くか左に行くかで真剣に悩みました。もし左に行っていれば…と思うと恐ろしくなります。
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                                           君が耐え得るように (上)
                                           Ⅰコリント10章1-13節



                               (1)
  パウロユダヤ人の歴史、自分たちの民族の何千年に及ぶ過去の出来事から目を背けませんでした。それがいかに栄光に満ち、反対にどんなに愚かで罪に満ちていようと、その事実に目をつぶらず、そこから学んで前進しました。過去は、それをごまかさず、そこから真摯に学ぼうとする者には、学ぶべきものが一杯詰まっている宝の宝庫です。むろん日本の歴史もそうです。

  ですから彼はしばしば旧約聖書を取り上げます。そこには彼の民族だけでなく、全人類に対する神の愛と共に、罪の数々の聞きたくない歴史も記されているからです。

  彼は今、コリント教会の人たちに自信過剰を避けるように語ろうとして、イスラエルの過去がどうであったかを取り上げます。反面教師と言われますが、モーセ時代の前例はコリント教会への格好の教訓だと彼は考えて、「次のことはぜひ知っておいてほしい」と語り始めたのです。

  モーセの時代、イスラエルは彼の指導で出エジプトを果たしました。真相は良く分かりませんが、驚くべきことに海が2つに割れ、40万の民が水が干上がった海を渡り終え、追って来たエジプト軍も乾いた海に駒を進めましたが、海が元に返って溺死したと言うのです。夜は火の柱、昼は雲の柱に守られて40年間砂漠を旅し、シナイ山モーセ十戒を与えられて、十戒を中心にイスラエル共同体を形成しました。こうして彼らは40年の試練の間、皆、同じ釜の飯から食べて民族を形成して行ったのです。

  パウロ出エジプトの出来事を比喩的に取り上げて、私たちの先祖は皆、「モーセに属するものとなる洗礼を授けられ、皆、同じ霊的な食物を食べ、皆が同じ霊的な飲み物を飲みました」と語ります。彼らはモーセに導かれて海を渡り、言わばモーセに属する洗礼を授けられ、モーセ十戒という霊的な食べ物に与ったというのです。そしてこれは、イスラエルが知らずして、やがて来られるキリストという霊的な岩で養われ、キリストに渇きを癒されたことを意味すると、大胆な解釈をしました。

  だがイスラエルの当人たちは、その深い意味を悟らず、この方に従わなかったため荒れ野で滅ばされた。これは、私たちを戒める前例であり、警告だと語るのです。即ち、「彼らが悪をむさぼったように、わたしたちが悪をむさぼることのないため」であり、また偶像を礼拝しないため、みだらなことをしないため、そして神に不平を言わないため、神に背かないための警告であったと言うのです。前例とか、警告と言う言葉が幾度か使われています。

  こうしてイスラエルの過去の歴史から学ぶことによって、「立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい」とコリント教会に語ったのです。

  エジプトから解放されたイスラエルは恵みを得たのです。神の民とされ、祝福を得たのです。水の少ない酷暑の荒れ野の40年間、神が共におられたのです。だが彼らはそれを自分の力、自分の実力でやっている。自分たちは大丈夫だと思ったのです。人間の偉大さを過信したのです。だが、自分たちは大丈夫だと考えている者は、倒れないように気をつけなさい。奢り、過信、安閑としているなら、あなた方も倒れるだろうとパウロは警告するのです。

  「立っている」と言う言葉は、確固として立つこと、絶対大丈夫、手堅いと考えることを指します。また、「倒れないように」とは、転落しないように、落ちないようにと言う意味を持ちます。

  彼はコリント教会の個々人の過信を戒めていますが、モーセ時代のイスラエルの過信は民族の過信、集団の過信でした。これは今日の私たちに何かを語っています。私たち日本人は、今、どこへ行こうとするのか。今は、歴史修正主義が盛んになり、自分に都合のいいように歴史を訂正する人が増えていますが、もし過去を忘れたり、過去の事実を曲げたり、無視したりして、集団として過信すれば、再び大きな過ちを起こすことになりかねません。

  先日、「日系オランダ人の父親探し」と言うドキュメンタリー・テレビを見ました。内容に触れませんが、私たちは過去にどういう事をして、それが今なお現在、オランダ人にどれほど酷い苦しみを与えているかを知りました。親から子へ、子から孫へと続いていく言語に絶した苦しみです。このドキュメンタリーは戦争、そして何よりも侵略戦争の罪の深さを静かに語りかけていました。私たちは過去の事実を勝手に修正すれば、再び大変なことになると思います。国際的にも孤立しかねません。その意味では、今日、誰に投票するか。投票用紙一枚の小さな行為にも、私たち個々人の重い責任が詰まっていると思いました。

  自信過剰になると、誰しも謙虚さを忘れて、数の力や権力行使で押し切る傾向が出て来るものです。

  しかし、社会においてそういう時代が来ても、神のご支配を忘れてはなりません。神は歴史の歩みをありのままに見られるからです。人が曲げれば、曲げたものを曲げたものとしてご覧になられます。たとえ百年、5百年、千年かかっても、神は神のご意志をおし進めて行かれるでしょう。

        (つづく)

                                         2017年10月22日




                                         板橋大山教会  上垣勝



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