その時、私の命に新しい力が宿った


                 オックスフォードの宿の周辺を歩いてみました(1)       右端クリックで拡大
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                                           「それ」を忘るな (下)
                                           Ⅰコリント6章1-11節


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  最近、ディシェイザーという宣教師のことを知りました。76年前の12月8日、宣戦布告もなしに日本から真珠湾攻撃を受けた時、アメリカ兵だった彼は日本への報復を堅く決意し、名古屋だったか日本本土への最初の爆撃に加わりました。だが爆撃の帰路、飛行機が墜落して日本軍に捕まり、60日間の尋問と棍棒で殴られるなどの凄い拷問を受けて終身禁固刑になり、南京で戦争犯罪人として獄中生活をします。他の3人の仲間は火攻めや銃殺で殺されます。だが国際法違反の奇襲攻撃への憎悪から、彼はあくまでも反抗して看守を手こずらせたのです。

  今朝、広島平和式典をテレビで少し見ていて、原爆投下をされた時代の日本社会、現人神、本土決戦、一億総玉砕、鬼畜米英の狂気のような客観的な雰囲気については何も触れられず、原爆の悲惨さの描写だけで悲しくなりました。

  収容所に一冊の聖書がありまして、彼はそれを手にするうちに、これまでの自分自身の罪の方が大きな問題になり、やがて神に罪を告白して心に救いが訪れ、神に一切を捧げる決心をするのです。そしてどんなに残虐に扱う者にも、「憎しみを捨て、敵を愛そう」と決意し実行に移して行きます。ある意味で先ほど申しました、欺かれるまま、騙されるまま、不当なことをされるままに、神に一切を委ねるのです。先ず日本語を学び始め、これまで手こずらせた看守にも、「オハヨウゴザイマス」と明るく挨拶さえして行くのです。むろん看守の方は面喰います。

  神に一切委ねた時に彼は、「私の命に新しい力が宿った。私は自制心と意志の力が弱かった。だが今、敵さえ愛することが出来る力を得た」と感じたそうです。そして「世界はイエスを必要としている。キリスト抜きでは、憎しみや悲惨な戦争が起こる」と考えるようになり、宣教師になる決意をして、戦後、日本にやって来たのです。

  ところで、真珠湾攻撃で総隊長をしたのは淵田美津雄という軍人です。彼は戦後になり、戦時中に、日本人捕虜がアメリカ軍にどんなにひどく扱われたかを調べるのです。ところが驚くべきことに、いかに人道的に扱われていたことを知って衝撃を受けます。日本軍がした事と雲泥の差があり全く違っていたからです。

  更にディシェイザー牧師の入信のいきさつを知るに至って、もう一度天地がひっくり返る程の衝撃を受けました。そのために彼は聖書を読み始め、やがて彼もキリスト者になり、アメリカに渡って牧師になり、キリスト教への回心、罪と犯罪の告白、の軍国主義の問題を世界中に伝えて行くのです。かつての軍国主義者淵田美津雄に奇跡が起こって行くのです。

  神のなさることは実に不思議です。皆、その時に適って美しいのです。淵田さんにしても、ディシェイザーさんにしても、もっと早くからキリストに出会っていればよかったのにと思う人もあるかも知れませんが、遅かったのではありません。丁度良かったのです。神は必ずそのご支配を私たち一人一人に、示して下さるでしょう。「それを忘るな」です。私たちは愛というキリストの知恵を持って、忍耐強く生きて行きましょう。

         (完)

                                     2017年8月6日




                                     板橋大山教会  上垣勝



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