償い方なければ


               3日の新年礼拝の後、各部屋に分かれてお祈りを致します。     右端クリックで拡大
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                                               故 K男さんの葬儀説教(下)
                                               詩編90篇
                                               

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  A子さんは東北の大きな鋳物工場のお嬢さんです。やはり良家の出です。A子さんが商業高校を出てスバルの車の秋田店の店員をなさった時、ホンダ360の新車発売で最初に買ってくれたお客がK男さんだったと聞きました。50年昔です。

  飛びますが、K男さんは10数年前に今の所に居候の身になりますが、A子さんは大変だったようです。相変わらず車を買う訳です。それも1台でない。そんなに収入がないのに2台、3台と買う訳です。しかも特別限定販売の車さえ買う。キャンピングカーさえ持っていたと聞きます。全部で駐車場代が15万円以上でしょう。それを聞き、私は呆れると共に、勘当したご両親の辛さを思いました。辛さは勘当だけではありません、ご自分たちの犯した教育の失敗を責めて責めて責め続けたに違いないからです。

  その他にも、新しい家電商品が出ると買って隠しているとか。ですから家主のA子さんは居候のK男さんに、支払条件を記した借用書を書いて貰う。同じ屋根の下で壮絶な戦いがあったでしょう。

  もしクリスチャンのA子さんが居なければ、路頭に迷った人でしょう。行き倒れでホームレスになって、今日のような葬りの式をして貰えなかったかも知れません。

  だからA子さんに申し上げたのです。ここまで面倒を見てあげたのだから、責任を持って神様の所にお連れなさい。「袖触れ合うも他生(たしょう)の縁」なら、10数年、いや最初に出会ってから、途中間はあっても50年の歴史があるなら、やがてA子さんと同じ教会のお墓に入れてあげなさいと申し上げたのです。

  色々述べました、私の聞き間違えも多々あったかも知れません。もしそうならお許しください。

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  最後に思うのは、K男さんがこうなったのは、それなりの理由があった筈です。先ほど申しましたように、両親の育て方、また祖父母の育て方の問題かも知れないし、父は小学生の時に親戚から貰われて来て、祖父母の実子でないので祖父母に気兼ねして孫の扱いを注意できず、遠慮したのが間違いだったかも知れません。母も元は祖母のお手伝いでこの家に入っていた人ですから。

  真相は分かりません。買い物癖、浪費癖が止まなかったのには、人もご本人も知り得ない理由が他にあったのかも知れません。それは神のみぞ知るで、主に委ねざるを得ません。

  K男さんはA子さんと住む中で、一度は両親に謝りたいと言って実家に行こうとされたのです。だが断られました。その時もまだ警戒心が解けなかったのでしょう。

  じゃあ両親はそんなに冷たい人であったのか。先程も弟さんに確かめましたが、お母さんは息を引き取るまで、「あの子はどうしているのか。K男は今ごろ、どこでどうなっているのか」と、心配していたそうです。まるでダビデ王が息子アブサロムのことを案じて、「アブサロム、アブサロム」と絶叫し涙を流したように、お母さんの嘆きと悲しみは最後まで尽きなかったでしょう。

  弟妹さんとも縁が切れていましたが、この度A子さんが弟さんに連絡すると、「兄がその後どんな所で、どんなふうに暮らしていたのか、見に行きたい」と言われたそうで、それをお聞きして、このご家庭はやはり温かい血が流れている。救いがあると思いました。ご家族に愛がなかったのでなく、愛があって常に案じてもおられたのです。実際、何と昨日、お父様の葬儀を故郷で済ませて、弟さんが新幹線に飛び乗って駆けつけ、今ここに出席しておられます。

  K男さんが亡くなり、A子さんがK男さんの部屋の片づけをし始めてフト見ると、子機の電話機の下に叔母さんと弟さんの電話番号のメモが書いてあったそうなのです。お父さんの電話番号も書いていたそうです。K男さんからも何かの機会を見つけてぜひ連絡しようとしていた証拠です。

  互いに熱い思いがあるのに出来なかったのです。だからK男さんの突然の死は辛いです。和解が出来なかったのですから。しかもお聞きした所では、お母さんが去年亡くなられ、何とこの25日にお父さんが亡くなられたそうで、両親に挟まれた格好でK男さんが21日に亡くなられたのです。何か大変象徴的な事柄です。

  勘当したご両親の方も、金遣いが荒く勘当された方も、両方共、今は償い方がありません。万事休す。時すでに遅しです。どうすることも出来ません。だがイエス様は、A子さんの家できっと事の一部始終を長い間見ておられたでしょう。そして、マタイ福音書にあるように、「償い方なかりしかば、ことごとくその負い目を赦したり」と言って下さっているのでないかと思います。A子さんの仲立ちによって、「償い方なかりしかば、ことごとくその負い目を赦したり。」そう言って下さったのでないかと私は思うのです。

  「帰っていらっしゃい。地上では世の苦労が多々あった。自身でも分からぬ力が働き、自分をセーブできぬことが多々あった。だが私は汝のことを悉(ことごと)く知っている。謝りたくても謝れず、汝自身の不義理もあったし、環境のこともあった。負い目はことごとく許す。私の手に委ねなさい。私があなたを造った。だから私が担い、運び、救い出す。私が全ての帳尻を合わせる。」十字架のキリストがそう言われるのでないかと思います。

  安心し切ったお顔は、その証拠でないかと思うのです。ここに弟さんが駆けつけて下さったことに、済まなかった。皆に迷惑をかけて悪かった。ここに来てくれてありがとう。許してくれ。どうもありがとう。妹にもくれぐれもよろしくと、言っておられるのでないかと、内心で私は思います。

         (完)


                                    2015年12月28日(月)



                                    板橋大山教会 上垣 勝



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