ひかりの証人


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                                                    ひかりの証人 (下)
                                                    ヨハネ1章1-9節


                              (3)
  やっと今日の題の所に着きました。しんどかったですね。6節は語ります。「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。 彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た。その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。」

  バプテスマのヨハネは、イエスとほぼ同時代、イエスより少し先に生まれた預言者です。旧約と新約の橋渡しをする預言者だとも言えます。彼は、「荒れ野で呼ばわる声」と言われ、キリストの先駆者として福音の道備えをするために神から遣わされた人物でした。それがここで、「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである。 彼は証しをするために来た」と語られている人です。

  今日、世界的に経済も政治も行き詰まっています。行き詰まりが長く続く中で人心が乱れ始め、テロを見ても多数の難民を考えても、社会の荒野性や砂漠性が進んだ感があります。日本はまだ比較的に穏やかですが、世界は益々荒野のようなすさんだ状況になって来ました。

  ヨハネは荒野に出て活動したのです。人が住む町でなく、荒野や砂漠に出て活動したのは、この世の荒野性をあぶり出すためであったからかも知れません。しかし彼の最も偉大な事は、「光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た」とあるように、光であるキリストを指し示す、「ひかりの証人」として来たことです。

  彼は、「私は、その方の履物のひもを解く値打ちもない」と語って、光に仕える、「ひかりの証人」に徹して生きました。それを神から授かった使命として、「ひかりの証人」であることに命を擦り減らしたのです。彼自身は光ではありませんが、光を証しし、「全ての人が信じるようになるため」に命を使ったのです。

  「証しをする」という言葉が何度も出て来ますが、漢字の証しは言篇に正しいと書きます。言葉を正しく語るということですが、元は證と書いて諌(いさ)め、告げることや、悟りをも意味したようです。ギリシャ語では様子が違って、マルチュスと言って、やがて英語のマーター、殉教者の語源になっていきます。証人、目撃者、現場に立ちあった人などを指します。今日の個所はマルチュスという言葉が3回使われています。

  バプテスマのヨハネは光であるキリストを実際に証しする人として、やがてヘロデに斬首されて殉教の死を遂げます。ただ、ここで言われる「ひかりについて証しする」という事は、英雄的な勇敢な死だけを言うのでなく、浮き沈みや曲りくねりがあっても死に至るまで光を証しつつ生きた証人、信仰を貫いた証人すべてを指します。

  もう一度申しますと、彼は光を証しするために来たのです。闇を証しするのではありません。また、自分を証しするのではない。殉教をも意味しますが、彼が生涯かけてしたことは、自分の死でなく命を証ししたのです。まことの光であるお方、世に来て全ての人を照らすお方を証ししたのです。

  大山教会を創立して下さった大塩清之助先生89歳でお元気ですが、戦争が終って復員後、熊本大学の医学部に進学しようと猛勉強されました。しかし結婚していた琴子・姉さんが重症の結核になって婚家におれなくなり、小さい2児を連れて戻っていたので、家が狭く、姉さんがベッドに伏す6畳の部屋で大塩先生も寝起きし、夜も昼もない猛勉強をされたそうです。

  夜中になると、暗い電灯の下で打ちこんでいる先生に、「清ちゃん、背中をさすってくれない」と、床ずれの苦痛に耐えがたくて細い声で訴えられるのです。また時々、「清ちゃん、お祈りしてちょうだい」と頼まれるのです。

  先生は戦争で人生が破綻し絶望して帰って来ていたので、小さい頃、「天のお父様、イエス様のみ名によって」とお祈りしていた祈りが出来なくなっていたのですが、「お祈りしてちょうだい」と痛みに耐えかね、蚊の鳴くような声で囁くのです。それでやむなく姉さんのためにつっかえながらお祈りする。祈り終えると、姉さんが涙を流して、「アーメン」とガリガリに細った体に力を込めて応えられたそうです。また、「讃美歌を歌ってちょうだい」と、姉さんの愛唱讃美歌を求められて、「♪み赦しあらずば、滅ぶべきこの身、わが主よ、憐れみ救い給え。イエス君よ、このままに、我をこのままに、救い給え♪」という歌や、「主よ、み手もて引かせたまえ」を、勉強の手を止めて歌ったそうです。

  こうして猛勉強の3カ月の間に、お姉さんの痛みに耐えかねての祈りと讃美歌の求めで、先生は再び祈るようになり、姉さんと涙を流して讃美歌を歌うようになられたそうです。そして念願の医学部に合格なさったのです。

  「清ちゃん、背中さすってくれない」、「讃美歌歌ってちょうだい。」重症の結核でいつ果てるとも知れぬ苦しい咳をし、血痰(けったん)を吐き、日々死に瀕しながらどうして元気な証しなど出来るでしょうか。しかし、「清ちゃん、背中さすってくれない」、「讃美歌歌ってちょうだい。」それで十分です。それでいい。それで十分「ひかりの証人」ではないでしょうか。

  「ひかりの証人」。それは誰しも殉教を第1に考えてすべきことだという事ではありません。自分の存在を掛けてと語っても大げさになります。蚊の鳴くような声でいいのです。自分が求めている事を、素直に神に打ち明け、弱さのままに人に申し上げて生きればいいのです。夫に対して、妻に対して、また友人に対して蚊の鳴くような声でも語ればいいのです。

  ひかりの証人は、ひかりを仰いで憐れみを乞いつつ生きる人です。お姉さんは、死の床にあって光を仰いでおられたので、猛勉強の弟さんに、「清ちゃん…」と、頼みにくい頼みを頼んでいかれたのでしょう。信仰を真実に生きる。そうすれば、いつの間にか、ひかりの証人になっておられたのではないでしょうか。キリストを指し示すことは、暗い谷底からでも、危険な絶壁からでも、そして雑踏の中や台所からでも可能なのです。


           (完)

                                             2015年11月29日



                                             板橋大山教会 上垣 勝



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