エルサレム神殿崩壊の予告


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                                                    神殿崩壊の予告 (上)
                                                    ルカ21章5-6節



                              (序)
  今日の皆さんの座席はこのように普段と違ったものになっています。4年前までは会堂の幅が両端とも30cm狭く、今日の皆さんのように坐っていました。いよいよ今週の土曜日はバザーですから、礼拝後に2階からすべての荷物を降ろしますので、その準備もあり、これまでの古い会堂がこんなに広くなったことを感謝して思い返すことも兼ねて、礼拝時から座席の配置を変えました。

  今日の題は、「神殿崩壊の予告」と物騒な題です。何か仕掛けられた爆弾でもあるかと案じる方があるかも知れません。実はAさんが、朝早く求道者会にいらっしゃる時に驚いたそうです。普段ある看板がなかったのです。どうして?と思って見ると、看板が倒れていたそうです。酔っ払いでしょう。彼女が直して下さったそうで、物騒な題を見て癇に障って倒したのでしょうか。それにしても、その人の人生の内部で教会の看板倒しが長く疼くことになるでしょうが、それが軽くされるように祈りたいと思います。

                              (1)
  今日の最初に、「ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた」とありました。

  見事な石とは、日本ではなかなかお目にかかれない巨大な見事な石のことでしょう。向こうは木と紙の文化でなく石の文化ですから、その切り出しの技術、それを何キロも運ぶ技術、また彫刻し加工する技術。設計図に従って正確に組み合わせ、聳え立つ石造り建築を立ち上げて行く技術は素晴らしいものです。

  「ある人たち」とは、弟子たちと一部の群衆でしょうか。永遠の都と歌われたエルサレムの神殿の巨大さ、壮麗さ、その上、多くの民衆が神殿に捧げた沢山の立派な奉納物に目を奪われて感嘆したのでしょう。「話していると」とあるのは、感嘆の声をあげて話すことです。

  弟子たちの多くはガリラヤの田舎出の貧しい無学な漁師です。彼らは、巨大で華やかな都で繰り広げられる壮大なものに圧倒されたのです。神殿はソロモンによって1千年前に建造され、約580年前にバビロン軍によって破壊されますが、やがて再び再建され、イエス時代には、ヘロデ大王によって大幅に拡張されました。当時の地中海世界では類例を見ないほど圧倒的な規模と壮麗さを誇っていたのです。エジプトを除いてこれ程の規模と見事さはどこにもなかったと言います。

  当時神殿の宝物庫には数え切れないほどの金(きん)が納められていましたから、ふんだんに金(かね)をつぎ込むことが出来たのです。

  両院で多数になって、一時政権に弾みがつき、新国立競技場は、最初は1300億円程の予算でしたが急に3千億円に膨らみ、しかし批判されて挫折し振り出しに戻りました。その責任もあり今回の改造内閣文部科学大臣が交替しました。ふんだんに金をつぎ込み世界をアッと驚かせたかったのでしょうが、国民の経済事情から遊離したものだったからです。

        (つづく)

                                             2015年10月11日



 
                                             板橋大山教会 上垣 勝



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