救いがこの家に来た


                             テゼにお別れ          (右端クリックで拡大)
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                                                  救いがこの家に来た (下)
                                                  ルカ19章1-10節



                               (4)
  彼は「立ち上がって」言ったとありますが、これは、ひるまず、断固として言ったという意味です。人々の呟きが耳に入って来てもひるまず、「主よ、私は財産を半分、貧しい人に施します。誰かから不正に騙し取っていたなら、4倍にして返します」と誓ったのです。

  当時のイスラエル旧約聖書の社会です。旧約聖書では、不正な取り立てをした場合は5分の1を上乗せして全額を賠償すればよかったのです。だが何と4倍にして返しますと彼は誓いました。凄いと思います。

  これまでの罪を悔い改め、新しく出直す証拠でしょう。けじめをつけるためにこう誓約したのです。

  それは財産以上に、イエスとの関係、神との関係が人生や社会において大切であると悟ったからで、それをイエスの前に表明した。繰り返しますと、私の主はお金ではない。権力や名声、名誉でもない。財産やこの世の力でなく、イエスこそ私の主です。このお方に今後お従い致しますという誓いです。

  先ほど申し上げましたように、「立ち上がって」とあるのは、立ち上がって決意を表明したことです。そして、イエスは私の主であるという表明は、財産の幾らかを貧しい人に施します、彼らを見下げず、彼らに手を差し伸べ、今後は彼らと共に生きますという生き方になったことが、彼の言葉から窺えます。キリストを信じ、キリストに従うとはどういう事か、暗示されています。

  彼は今や、弱さの傲慢も強さの傲慢も越えて行きます。イエスの愛に触れて、魂の解決し難かった問題が氷解したのでしょう。以前は、何をしてもいいというような反社会的な所のある自由人でしたが、今は富と所有から自由な自由人です。イエスの愛が彼を変えたと見るのが自然でしょう。

  イエスは言われました。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

  今日救いがこの家を訪れた。ザアカイばかりでなく、救いがこの家に来たのです。彼だけでなく、家族の中に救いが入って来たというのです。彼の救いによって家族全体に神の救いの光が届いた。キリストの平和と喜びに彼と彼の家族全員が与ったとすれば、何と大きな変化がこの家を襲った事かと思います。こういう変化が私たちの家庭に起こるなら素晴らしいと思います。

  イエスはこの言葉で、徴税人を罪人、罪人と言うな。そういう侮辱をするな。徴税人だが、彼もまた神の祝福の内にあると言われたのです。

  ザアカイは木の上から見下ろす人間でした。だがイエスは彼を見上げられました。十字架に付かれる方が謙り、低くなって彼を見上げて愛されたのです。その愛がザアカイの傲慢を一挙に溶かしたのです。傲慢だけでなく、彼が着ていた鎧兜(よろいかぶと)も溶かし、彼に温かい人間性を回復して行かれた。

  「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。 人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

  イエスは、木の上から見下ろす私たち21世紀のザアカイにも、さあ、降りて来なさい。そんな高い所にのぼる必要はない。肩肘張らず、対立的に人に接さず、普通の人間として大地に足をつけて生きなさい。こう言って、私たちと出会うために来ておられるのではないでしょうか。

  ここに、イエスの使命が簡潔に言われています。「人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

  この間の新聞に、「愛さないと見えないものと言うのがあるんじゃないですか」という言葉が出ていました。これは個人の愛情の話しでなく、科学的な研究会で話されていた科学の世界での言葉だというのです。鷲田清一という阪大の元学長の方の連載が、第1面の「天声人語」のすぐ横に毎日始まりました。「天声人語」以上に格調の高い天声人語的なコーナーです。

  そしてこう綴られていました。「研究と言うのは誰もができる客観的な作業だと思っていたら、愛の眼差しがあって初めて見えて来るものがあるというのです。愛がなければ、見えない、見逃してしまうものがあるというのです。」

  イエスの愛に出会って、ザアカイはこれまで見えないものが見え出したのです。神の愛に出会う時、見える世界があるのです。イエスはそれが見えるようになるために、私たちの所に来て下さったのではないでしょうか。


    (完)

                                             2015年4月12日



                                             板橋大山教会 上垣 勝



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