若いブルギッテさんの日記―戦時下のベルリン―


                      テゼのソースの池にもナツアカネがいました。
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                                            時を見分ける (下)
                                            ルカ12章54-59節
         

                              (3)
  今の日本の社会には、株の売買だけで生計を立てている人たちが多くいます。知人にもいますが、彼らは社会の何かの動き、徴を見て、さっと株を売ったり買ったりしてボロ儲けするようです。そういうことは実にうまい、長けている。損もするわけですが、上手く売り抜けると、銀座や新橋辺りに飲みに行って、自慢し合っているわけです。そういう投資家のたまり場が、あの辺りに幾つもあるらしいです。

  だが、イエス様は言われるのです。あなた方はそういう事には長けている。だが、「今の時、今の時代を見分けることを知らない。」

  これもギリシャ語に遡りますが、「今の時」とあるギリシャ語は、「カイロス」という言葉です。すべての事には時がある、最善の時があるとコヘレトの手紙は語ります。すべてのものには、神の時、ベストの時、決定的な時があるというのです。カイロスというのは、神の時、決定的な時です。時代にとって、またある人の人生にとって決定的な時です。それだけでなく、世界の歴史にとって決定的な時です。

  あなたがたは天候の変化、その兆しを見分けるのはうまい。あるいは、この世の変化には目ざとく対応する。だが、今の決定的な「時の徴」を見分けていない。また見分けようともしない。

  何かの商売をするにも、学問をするにも、私たちがこの世で生きている限り、時代の要求や時代の流れにどう素早く対応するかということも大切でしょう。暮らしのためには世の動向も知らなければなりません。だが、人生はそれだけでいいのかという問いです。

  もっと肝心なことに目を向けなくていいのか。すなわち、キリストが語られたように神の国が既に到来していること、神のご支配が始まっているのに、それを見分けようとしないでいいのか。

  今日の箇所はこのルカ12章全体を背景に語られています。12章の初めで、ファリサイ人の偽善的な考えに注意しなさいとおっしゃり、4節では、「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者共を恐れてはならない。恐れるべきか誰か。殺した後で、地獄に投げ込む権威を持っている方だ」と言われました。その後も大事なことが言われて22節以下で、「体のことで思い悩むな」、「ただ、神の国を求めなさい」と言われ、「富を天に積みなさい」と述べられました。

  天気のことも商売の儲けも大切だが、人生の根幹になるものにどうして心を止めようとしないのかと、尋ねられるのです。

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  ドイツのベルリンに、ブルギッテ・アイケさんという86歳の婦人が住んでいます。この人は戦時中からそこに住んでいましたが、この方の戦時中の日記はまだ日本語に訳されていませんが、向こうで出版されて話題になっています。

  なぜ話題になっているかというと、アンネ・フランクが日記を始めるより数ヶ月早く、15歳で日記を書き始め、敗戦までの3年ほどを書いていますが、2人共、同じ戦時下ですが、書いている様子がまるっきり違うのです。2人の民族的状況が違うので当然ですが、ベルリンに空襲があったりしますが、その日もブルギッテさんは友達と映画に行ったり、グラモホン・レコードに合わせてダンスをしたり、就職のために速記を習ったり、パーマの髪型にこったりという、ごくごく日常のことだけが出てきて、戦争の恐怖やナチの残虐には完全に目をつぶっているのです。

  19歳の時、自分の学校が爆撃されて死者2名が出ます。周辺住民30数人がケガをし、千人ほどが家を失いホームレスになりますが、その日も友達の家に行ってレコードに合わせてダンスをしています。彼女は既にナチ党員になっていますが、ますますパーマの髪型に凝り出します。

  20歳になり、ソ連軍がベルリン郊外80km程まで迫った日も、友達と、「我が息子たち」というこっけいな可愛いストーリーの子どもが主人公の映画を見て堪能し、楽しんでいます。

  今の時を見分けようとしないのです。目をつぶるのです。

  日記を書き始めてすぐの所で、ベルリンからユダヤ人がすっかりいなくなったことと、通りの向こう側のユダヤ人の散髪屋がいなくなったことがサラっと書かれるだけで、他にはどこにもユダヤ人のことは書かれていません。(Tony Paterson. The Independentによる)

  長々申しましたが、彼女はベルリンからユダヤ人が消えても、連合軍の空襲が始まっても、ソ連軍が首都に近づいても、何があっても新しい時の徴を見ようとしないのです。目をつぶるのです

  彼女の職場は、ユダヤ人保護センター、保護とは言え、実際はユダヤ人を捕獲して、強制収容所に送る前の一時収容施設ですが、その保護センターのごく近くが彼女の職場で秘書として働いています。だが日記を見る限りそういうことは見ようとせず、無関心です。彼女は普通の人以上の高等教育を受けていますが、恐ろしい程の無関心なのです。

  時を見分けると新たな心配を生むから、無関心を装ったと見られています。この婦人だけでなく、当時のベルリンの多くの住人がナチのことや、ユダヤ人虐殺に関心を払わず、無関心を装って生きたのです。

  こうして一般人はできるだけ政治から身を引いたのです。政治と個人生活、政治と信仰生活、それを分けたのです。その態度がドイツを更にナチの手に委ねることになったのです。

  ブルギッテさんは当時、どうしてユダヤ人がいなくなったのかを母親に聞いたそうです。そうしたら、「彼らはパレスティナに帰ったのよ」という返事だったと言います。日本で、天皇は神でないと言えなかったのと同じです。自分の頭で考え、本当のことを言えば大変だから、無関心を装い、「パレスティナに帰ったのよ」とありそうな嘘をついたのです。

  イエスは次の57節で、「あなたがたは、何が正しいかをどうして自分で判断しないのか」と言われたのが、これです。自分で考え判断する。判断停止しない。これは極めて大切です。

  集団的無関心と子どもっぽさ。大人たちも、無意識的にそういう態度を取ることで、困難な時代を切り抜けようとしたのです。

  イエスは、「空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか」、新しい時、神の決定的な新しい時代を見分けなさいと言われるのです。それは、「時は満ちた。神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われるキリストによってこの世に来た、神のご支配の時です。それに目を向けて生きなさいということです。

  ブルギッテ・アイケさんや、ドイツの人たちが、もしキリストに目を向けて、「時の徴」を見わけていたら、少しはドイツが違ったものになっていたかも知れません。

                              (5)
  詩篇87篇に、「歌う者も踊る者も共に言う、『わたしの源はすべてあなたの中にある』」と、あります。今の時を見分けるとは、この世界と人生の根源な方を見分けることでしょう。

  私たち人間は、自分がそこから来て、そこへと向かう根源的な、自分の存在の源を本当に知るなら、気持が穏やかに楽になります。「真理はあなたがたを自由にする」とあるように、自由さが与えられます。それは、「私は道であり、真理であり、命である」と言われる、命の根源なる方がおられることを知ることです。

  人間は経済的価値、経済的な稼ぎの多さで決まりません。新聞に出ていたことですが、「嘆きのピエタ」というベネティア映画祭で金獅子賞に選ばれた韓国映画が来ています。舞台は韓国の旧スラム街です。監督さんは、「金を動かして富を得る人が優遇されている」と語って、世界に訴えています。人の価値は、どれだけ金を動かしているかで決まるのではないのです。この監督自身、自分は大学出のエリートでないからスラムの魅力ある人間模様に気づけたと語っています。

  「歌う者も踊る者も共に言う、『わたしの源はすべてあなたの中にある。』」そういう人の根源的な所から、人間は生きたいし、始めたいと思います。

  その時に、私たちの歩みは的外れの生き方でなく、真に的を射た、私の源に発した、神に発し、世界の根源に発した生き方になるでしょう。これで良しという、深い所からの喜びも、感謝も、自信も湧いてくるでしょう。

  それは何かを成し遂げたから得られる喜びや感謝、自信といったようなものでなく、獲得したものによらず、神に永遠に義とされ、受け入れられることによる喜びです。存在が許されている喜びです。

  そういう新しい時を見分けて生きたいと思います。

             (完)
                                         

                                         2013年6月23日


                                         板橋大山教会 上垣 勝



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