マララさんのブログ


(前回の写真に続く)    フェスティバルには日本人の役者たちも地下足袋を履く忍者姿で来ていました。
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                                        お互いの間の愛の豊かさ (中)
                                        Ⅱテサロニケ1章3-5節

                              (2)
  では、どうしてテサロニケ教会にそういう信仰と愛の連帯が生まれたのでしょう。

  4節は、「それで、私たち自身、あなた方が今、受けているありとあらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示していることを、神の諸教会の間で誇りに思っています」と書いています。

  「ありとあらゆる迫害と苦難」です。取引や仕事、家庭、結婚、日々の生活。色んな所で村八分があったでしょう。村八分と言うと村でだけ起こることのように思いますが、テサロニケは大都市ですが、そこでも、キリスト者であるというだけで仕事や日常生活で辛い目に遭ったり、時には攻撃されて苦難を経験することがあったに違いありません。

  明治時代には、いや大正、昭和に入ってもキリスト者は塩をまかれることがありました。地方では、鉈(なた)や鎌を持って教会やクリスチャンの家が襲われることもありました。にも拘らず、「あらゆる迫害と苦難の中で、忍耐と信仰を示し」たのは、キリスト教に村共同体の価値観を超える命があることを知ったゆえでした。

  パキスタンの14歳のマララさんが死の境をさ迷って、今、世界中から祈られ、注目されています。先日タリバンの一味が下校時のバスに乗り込んで来て、「マララはどこだ」と言って銃撃しました。他の女の子も負傷しましたが、彼女は頭を撃たれ弾丸摘出手術を受けています。

  私が驚いたのは、11歳、日本では小学5年生の時からインターネットのブログに日記を書き、女子教育をやめさせようとするタリバンに疑問を述べていたことです。タリバンを攻撃するといったものでなく、学校生活の楽しさ、教育の大事さのようなものを書き続けた。外国の新聞には日記が採録されています。それを読むと、アンネ・フランクの日記を思わされ、年恰好も似ていてアンネも14歳だったと思いますが、日一日、マララさんに危険が迫っていた様子が分かります。

  にも拘らず、日記をやめなかったのは、小さい少女ながら教育がどんなに素晴らしいものか。タリバンの主張を超えるものを体で知ったからです。

  ちなみにタリバンは声明を出しました。そこには、こうあります。「もしマララが生き返るなら、もう一度殺す。」何と恐ろしい考えでしょう。

  キリスト教信仰に、因習の強い村共同体の価値観を超える素晴らしい命が漲(みなぎ)っていることを知るゆえに、テサロニケの彼らも、忍耐と信仰を持って迫害と苦難とに果敢に闘い、超えて行ったのです。

  キリスト教は村の共同体自体を否定しません。ただ村の宗教、家の宗教を強制することは拒みます。個人の尊厳、魂の尊厳を尊ぶゆえ、それは拒否しますが、他はすべて受け入れる用意があります。いや、村人の相互の助け合いの大事さはむしろキリスト教徒こそ知っていました。

  16年いた前任地の福井で、教会から自動車で高速道路も利用して3時間ほど離れた山深い田舎に、ある方を訪ねたことがありました。山間いを行くと、サルの群れが呑気に電線を伝いながら、人間が運転する自動車を眺めています。人間というのは私です。車を止めて見上げると、一匹の子ザルの片足が失われています。交通事故でなくしたのでしょうか。でも彼らは裁判沙汰にもせず、忍耐強く本当に気性の優しい生きものですね。

  お訪ねしたその方は、人々に推されて村の村長をして来られました。京都の北山杉の産地に近い村で、林業が主体の地域です。林業には村の共同作業は不可欠です。下草刈り、枝打ち、また水路を修理したり掃除をしたり色々あります。山深い地の高齢者問題もあります。その方は、村の人たちに推されて村長になり、その人たちを束ね、村の発展のために尽して来られたのです。お訪ねたのは、キリスト者だったからで、ご自分の葬儀はキリスト教でして欲しいと私に遺言を残すためでした。

  キリスト教が、日本の田舎でもっと受け入れられていれば、過疎や疲弊から村を守るためにもっと寄与できたのでないかと思います。本来キリスト教は人々が連帯し、支え合い、敵対関係も越えて生きることに力を発揮する愛と連帯の宗教です。そこが日本人にはよく理解されて来ませんでした。

  EU・欧州連合ノーベル平和賞を受けました。不平を言う人たちもあるようです。戦争に明け暮れたヨーロッパ大陸に、国家が互いに争うのでなく、平和と和解、信頼と連帯を作り出したいという願いがずっと以前からありました。民族や国家や人間の壁をキリストは既に超えられているという、キリスト教に深く根差すもので、それが国家や人によって長年妨げられて来た。だが、キリスト教は本来違いを超えて人を結び付け、和解と信頼を作り出そうとするものだからです。その考えがやっと実ったのです。

  日本人のEU批判は経済的なことが主ですが、当のEUの人たちは経済を超える連帯の価値を見出しています。もしEUがなければ戦争の危機が生まれたかも知れません。信頼と和解は人類が追求しなければならないものです。キリスト教の真理の追求、それが20、21世紀になってやっと具体化され欧州連合という形になったと言っていいでしょう。

      (つづく)

                                        2012年10月14日


                                        板橋大山教会   上垣 勝


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