何が宇宙を成り立たせているかに思いを馳せよう

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　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　帰って来た悪の霊　（上）
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ルカ１１章２４－２６節


　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（１）
　　今日の個所に、「汚れた霊」の話が出て来ます。これは暗喩というか、謎めいてよく理解し切れない分かりにくい譬えですが、何か非常に深いことが語られています。しかし、もしかすると直観的に、一瞬にイエスがここで言われたことを理解する人があるかも知れません。そういう独特な個所です。

　　「汚れた霊は、人から出て行くと」、とありました。汚れた霊とは先週出て来ましたベルゼブルとか、その手下の悪霊と関係しているのでしょうか。ただ「悪霊」はギリシャ語でダイモニオンと言い、今日の「汚れた霊」はアカサルトスとなっています。これらは同じものを指すのでしょうか、それとも別のものを言うのでしょうか。それも定かではありません。

　　いずれにせよ、「汚れた霊」というのは、人を清くしない、汚すことに特化した霊のことでしょう。人の心、魂を汚し、内部に入って腐らせて行くデモーニッシュな悪魔的な力でしょう。ドストエフスキーに「悪霊」という作品がありますが、あれはルカ８章から取られていて、ダイモニオン、「悪霊」の方で、人の魂を悪と反逆と破壊の方面に向かわせるものです。ドストエフスキーはそれを徹底的に解剖しています。その本質はニヒリズムで、暴力的な側面を強く持つ悪の霊です。だが今日の「汚れた霊」は暴力的な破壊までは言われていませんが、やはりニヒリズムで、人を内側から腐敗させ、ダメにする霊と言っていいと思います。

　　パラリンピックが始まりました。身体障碍や知的障碍を持った４３００人程の選手が、１６４カ国から集って競技が始まったようです。

　　開会式では宇宙の初めのビッグバーンをイメージしたパーフォーマンスがあったようです。そして、ブラックホールを唱えた車椅子の物理学者ホーキング博士も登場して、合間合間に「足元でなく、星を見上げ、好奇心を持ち続けよう。」「何が宇宙を成り立たせているのかに思いを馳せよう」などと語りました。

　　困難な障碍を持った人たちのスポーツの祭典に、「何が宇宙を成り立たせているかに思いを馳せよう」と語ったことに酷く感動しました。

　　不自由な肉体を持ちながら、その肉体をフルに使って競技をしようと皆、集まりました。だが、何が私たちの肉体、この物体を成り立たせているのか、即ち「何が宇宙を成り立たせているのかに思いを馳せる。」そこにスポーツも含む、人類が目指す最も壮大で中心的な事柄がある。そうホーキングさんは語ったように思いました。

　　肉体は欠けたり、崩れたり、無くなったりし、障碍を持って苦悩します。だが、私たちを成り立たせているのは何かです。人の存在の根源は何かです。彼は敬虔なキリスト者ですから、それはキリストであり神であり、その恵みでしょう。それが人の存在の根源だとしたら、この方とその恵みに思いを馳せ、この方とその恵みに根差して歩んで行こう。そうホーキングさんはすべての障碍者と健常者に、全世界の人たちに呼び掛けたと私は理解しました。何と高邁かつ高貴な精神だろうと思いました。

　　ホーキング博士は２１歳で進行性筋委縮症を発病し、５年程の命と宣告されましたが、この１月に７０歳になられました。ずっと車椅子の生活で、僅か１行の文章を書くのに１０分かかる現状です。声は余りに小さく誰も聞こえません。それで自分が作った発声器を通してデジタルの声で話している人です。でもロンドンで夜開かれた開会式に参加し、翌朝はケンブリッジ大学の研究室に顔を見せたそうです。

　　同じ日の夕刊の片隅に、「日本ＩＢＭの元社長が女性のスカートの中を盗撮した」という記事がありました。「何が宇宙を成り立たせているかに思いを馳せよう」という事と、何たる隔たりでしょう。実に貧相です。日本IBMと言えば屈指の先端的な企業です。その元社長・元会長で現在最高顧問の経済人がこうです。ため息が出ました。魂の腐れ、魂の闇が日本社会を侵しつつあるのでないか。汚れた霊のようなものによって魂が侵食されつつあるのでないかと思わせられました。

　　「汚れた霊」です。人に取りつき、人知を超えた力で人の根本を侵し、変質させる力です。これは活力を奪うだけでなく、魂の清さ、魂の美しさ、おさな子のような心を侵す所に特徴がある。それは一転すれば、人を人とも見ず、傲慢に振舞い、経済に特化して誠意や愛を舐めてかかる力になります。

　　　　　　　（つづく）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　２０１２年９月２日



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　板橋大山教会　　　上垣　勝



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