平和に包まれて生きる


                      写真を拡大したら雀がいました。リヨンで。
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                                           共にあって生きる (上)
                                           Ⅰテサロニケ3章1-10節


                              (1)
  今日の3章の最初は先週少し触れました。パウロは試練の中にあるテサロニケ教会を心配して、いても立ってもおれず、自分はアテネに残り、彼の片腕であった信頼できる若き伝道者テモテを遣わしたのです。

  使徒言行録を見ると、アテネ伝道は実り少なく、十分報われませんでした。半ば失意の中にありました。テモテがいてくれれば心強いのです。それにも拘わらず、心強い協力者テモテをテサロニケに遣わしたのです。それは、2節にあるように、テサロニケ教会を「励まし、信仰を強め、このような苦難にあっていても、誰一人動揺することのないようにするためでした。」

  パウロはむろん言葉でキリストを証ししましたが、キリストの憐れみを受けた者として、具体的にキリストにあって生きるとはどういうことか、手本になろうとしたようです。人間ですから多くの至らなさや限界があるが、一人前のキリスト者として実際にどう生きるかを示そうとした。ですから彼の手紙には、「模範」という言葉がしばしば出て来ます。その背後には、キリストが模範だったからです。彼はキリストに倣おうとしたのです。

  それで若き伝道者テモテにも、彼に宛てた手紙で、「雄々しく戦いなさい。信仰と正しい良心を持って」と勧めました。やはり信仰者は良心的に生きなければ誰からも信用されません。また、「あなたは年が若いということで、誰からも軽んじられてはなりません」とアドバイスしました。若いというのは、やっぱり軽んじられ勝ちです。確かなことを言っているのですが、重視され難い。だからこそ一層ちゃんと考えなければならない。パウロはまた、「言葉、行動、愛、信仰、純潔の点で、信じる人々の模範となりなさい」と命じたのです。

  今日こんなことを私たちが命じられたら一歩引いてしまうかも知れませんが、目指す目標を持つこと、与えられることは大切です。目標に向って進む時、人も信仰も成長します。キリストに救われ、キリストに委ねるということは、キリストに救われっぱなし、何でも委ねっぱなしということとは少し違います。メリハリのない、伸び切ったパンツのゴムのような信仰生活は、キリストへの生きた応答、真実が失せています。緊張する必要はないが、生き生きした応答が大事です。

  緊張は要りませんが、キリストは今も生きておられますから、キリストの平和に包まれて生きる、それが信仰生活です。子どもの前で、家族に対して、また隣人や友人、同僚に対して、キリストの平和に包まれて生きる。礼拝の時と同じように、社会でも、家庭でも、夫の前でも…難しいですかね、妻の前でも…やっぱり難しい、休息の時や旅行の時も、キリストの平和に包まれて生きる。これが大事です。

  「あなた方に平和があるように。」復活のイエスの言葉は、その後のキリスト教徒の生活に一貫して流れつづけ、時代を越えて貫かれて今日に至ってします。

  色んな難儀な事があると、心が荒くなり、険しくなりがちです。言葉もです。そんな時こそキリストの平和に包まれなければならない。その平和の中に身を置かねばならない。キリストの平和に包まれる時、「苦難に遭っても、動揺することのない」あり方が与えられ、備えられるからです。

                              (2)
  パウロは、「私たちが苦難を受けるように定められていることは、あなた方自身がよく知っています」と書き、「私たちがやがて苦難に遭うことを、何度も予告していましたが、あなた方も知っているように、事実その通りになりました」と書いています。パウロたちが去った後、事実テサロニケ教会に苦難が起こった。「そこで、もはやじっとしていられなくなって、誘惑する者があなた方を惑わし、私たちの労苦が無駄になってしまうのではないかという心配から、あなた方の信仰の様子を知るために、テモテを遣わしたのです。」この苦難は、当時の教会が必然的に受けねばならなかった苦難でした。

  なぜ苦難か。それは、パウロもテサロニケ教会も真理に立とうとしたからです。人の血によらず、肉の欲によらず、人の欲によらず、神によって新しく生まれることを大切にしたからです。戦前、ドイツには告白教会というのが生まれてナチスに抵抗しました。全ての人を照らすまことの光が、全人類に公平に、平等に、ドイツ人にもユダヤ人にも、血筋や民族によらずに偏りなく照らされていることを大切にしたからです。ローマ帝国にあって、奴隷にも自由人にも貴族にも国王にも、みな平等に神の光は照らされていることを説いたからです。皇帝礼拝をしなかった。隣人を愛し、敵を憎めではなく、目には目を、歯には歯の報復の思想でなく、イエスの愛を説いたからです。見てもらおうとして人の前で善行をするな、天の父なる神の栄光だけを求めよと説いたからです。

  一言でいえば、人を神とせず、ただ神のみを神としたからです。キリストの苦難に参与しようとしたから、キリストの名のために苦難を受けたのです。

  確かに今の世にも色んな人がいて大変困らされることがありますが、2千年前の血縁や部族や民族中心の因習の強い世界です。その上、血を血で洗う弱肉強食の権力闘争の社会では、支配者や権力者の逆鱗(げきりん)に触れれば正義も公平もへったくれもありません。理性も吹き飛んでしまいます。

  そのような厳しい困難な状況下で初代教会が多くの苦難を経験し、パウロもテサロニケ教会も厳しい状況下に置かれました。しかし、「テモテがそちらから…今帰って来て」、テサロニケの信徒たちの「信仰と愛について、嬉しい知らせを伝えてくれ」たのです。パウロは大喜びしました。

  「信仰と愛について」とは、彼らの神に対する信仰と、困難に遭いながらも隣人への混じり気ない愛をもって生きる姿でしょう。信仰生活が本物であることをテモテはパウロに報告した。テサロニケの町で、キリスト信仰が実際的な愛の実践となって生きている。しかも彼らは、パウロたちに今も好意を抱き、会いたがっていることも分かったのです。こうして伝道が無駄になりはすまいかという危惧は、すっかり消えたのです。どんなに喜んだことでしょう。

  それが9節の、「私たちは神の御前で、あなた方のことで喜びにあふれています。この大きな喜びに対して、どのような感謝を神にささげたらよいでしょうか」という言葉です。

  6節の「信仰と愛について、嬉しい知らせを伝えてくれました」とある、「嬉しい知らせ」という言葉は、ユアンゲリオン=福音という言葉が使われています。テサロニケ教会のこの姿は、まさに喜びに満ちた良い知らせ、福音だったのです。

           (つづく)


                                      2012年2月26日



                                      板橋大山教会   上垣 勝



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