最も小さい者、キリスト


                イスタンブールのマンション。とうてい住む気になれませんでした。
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                                              最も小さい者、キリスト (中)
                                              マタイ25章31-46節


                              (3)
  旧約聖書には、弱者と主なる神が同一化されてる場面が幾つかあります。

  例えばゼカリヤ書2章に、「あなたたちに触れる者は、私の目の瞳に触れる者だ」とあります。「私」とは主なる神のことです。「あなたたち」とは、虐げられて、バビロンで辛酸をなめるイスラエルの民ですが、彼らを傷つける者は、神の瞳を傷つける者だ。ただでは済まされないぞではありませんが、民族主義的ですがここに苦しむ人たちに寄り添い、味方する神がいます。

  だが今日の聖書は、民族主義の臭いもイデオロギーの色メガネもかけていません。もっと広く普遍的です。「私の兄弟姉妹であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしたのである」と、彼らとご自分を同一化しておられます。

  地上のイエスは苦しむ者や悲しむ人を我がこととして愛されました。そして、今日の箇所が語られて以来、キリストは苦しむ人や、虐げられている人、小さくされている人、苦難を受けている人たちと一緒にいて、彼らと自分をダブらせられたのです。

  これは多くの意味を含んでいます。人の苦難はむろん重い現実ですが、それを一緒に担うことは非常に重いことです。だが、それから逃げずに向き合う時、その苦難がキリストにおいて喜ばしい祝福となっていきます。また、そのような人の苦難を共に担うことは神を証しすることになるという意味を持ちます。

                              (4)
  「最も小さい者の一人にしたのは、私にしたのである」と、キリストはおっしゃるのです。

  キリストは低い者と共にいます。最も小さい者たちの中にいます。キリストは彼らの仲間です。優秀な者やトップの者たち、天才と共にいますのではありません。

  また、キリストは頭の良さ、優れた才能、トップであることを誉めておられるのではありません。「最も小さい者の一人にする」自発的な愛。そういう気前良さ。小さな者に奉仕し、仕える見えざる行為を誉めておられます。

  頭の良い人にならなきゃあならない、優れた人にならなきゃあならない。そんなことは誰もがなれることではありません。しかし、「最も小さい者の一人にする」ことは、誰もができます。

  これは、この世が分ける分け方と全く違います。好き嫌いで言って申し訳ないのですが、私は朝日新聞の夕刊の「天才の育て方」という題が嫌いです。この人が天才かと思う人を天才に仕立てていることもあります。タイトルが頂けない。天才を育てることが人生の目的か、社会の目的か、新聞の役割なのかと思います。こういう上昇志向を煽る煽り方が、社会を蝕んでいるのではないかと思います。むしろ健全な普通人を育てることこそ今日一番重要なことです。

  世は能力や知的水準の高さを評価しますが、むろんそれをダメと言いませんが、ここにあるのは最も小さい者への愛です。本来こういう愛が社会の中で育てられることが、最も大事な事ではないでしょうか。

  能力を持つ者も、知的水準の高い者も、もしこの愛を欠けば何者でもなくなる。無になる、言葉を変えて言えばその実績も雲散霧消し煙のように消えてしまう。そのことが即ち、「永遠の罰を受け」るということです。耳傾ける価値のあることです。

  バーンシュタイン作曲のミサ曲があります。ケネディ大統領を記念して書かれた作品だそうです。作品の終わり辺りで、豪華な典礼用の祭服をまとった神父さんが、群衆に支えられて持ち上げられる場面があるそうです。神を讃える群衆が、ガラスの聖杯、聖餐式の大きな杯を手にした神父を高く胴上げするのです。すると突然、人間のピラミッドが崩れ、神父は転げ落ち、祭服は引きちぎられ、杯が地に叩きつけられて、こっぱ微塵に砕けてしまうのです。

  だが砕け散ったガラスの小さな破片が陽の光でキラキラといつまでも美しく輝いている。

  色々な競争に勝ち抜き、トップになって賞賛されても、人の賞賛、群衆の賞賛、テレビやマスコミの絶賛、それも結局は朽ち果てるものです。賞賛されなくても隠れた所で、最も小さい者の一人になされた小さい愛、それが最も確かなもの、尊いものだということです。

          (つづく)

                                       2010年9月19日

                                   板橋大山教会   上垣 勝

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