教会のいらだち


                            ベルンの大聖堂


  
                                              冒険のある人生 (上)
                                              マルコ4章35-41節


                              (1)
  今日の最初に、「その日の夕方になって、イエスは、『向こう岸に渡ろう』と弟子たちに」呼びかけられた。それで、「弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した」とありました。

  船出したのは、12弟子とイエス様だけです。小舟を初代の教会と見、ガリラヤの海をこの世と見れば、ここに、イエス様を中心とした、マルコ福音書が書かれた時代の教会の姿が反映しているのでないかと言われています。

  すなわち教会が歴史の中に初めて生まれて、その時代の中に船出した時はまだ波風はそう激しくなかったのです。むしろ、日没を迎えた頃の夕映えが素晴らしいように、教会は最初素晴らしい滑り出しをしたのでした。しかし、教会が進まんとする前途に、既にこの世の真っ暗な闇の勢力が控えていました。

  確かにマルコ福音書は西暦65年から70年頃に書かれましたが、これが書かれる少し前の時代は、まだキリスト教に対する迫害はそう酷くありません。多少の迫害はありましたが散発的で、むしろ順調な滑り出しをしたと言っていい状態でした。しかし、西暦64年にネロの大迫害が起り、パウロやペトロが殉教の死を遂げ、それから約10年、この福音書が書かれた65年から70年頃になると、迫害の火の手がますます酷く上って行きました。

  そのような試練の中で、当時の教会は、かつて弟子たちがイエスをお乗せして夕方に船出した時の出来事を思い出して、ここに書き記したのです。すなわち、イエス様をお乗せした小舟が嵐に巻きこまれて漕ぎ悩み、何度も何度も大波をかぶって水浸しになり、浸水して荒海の中で沈没しそうになってしまった時の出来事です。

                              (2)
  ガリラヤの海を西から東に、対岸に渡るために、当時なら5、6時間はかかった筈です。ところがイエス様は、選りにも選って時刻は夕方になっているのに、「向こう岸に渡ろう」と誘われたのです。

  満天の星の下、櫂のしぶきが規則正しくピタッ、ピタッと聞こえる中で湖を滑るように行くのなら趣があり、風雅かも知れません。夏なら風は涼しく、周りは静まり返り、夕涼みがてらの息抜きのひと時です。だが月明かりのない漆黒(しっこく)の闇夜なら、このような湖を行くのは、たとえ経験豊富な漁師たちと言え、恐ろしくもあり危険です。

  案の定、湖の中ほどまで進んだとき、湖畔の山から吹き降ろす激しい突風が彼らを襲ったのです。

  さすがの弟子たちも、突然の嵐に肝を潰(つぶ)したに違いありません。37節は、「舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった」とあります。ここはマタイ福音書の方で見ると、「舟は波に飲まれそうになった」と、山のように大きな激浪に小舟が何度も飲まれ、沈まんとしていた姿を活写しています。

  闇の中で湖面が激しくうねって、経験豊かな漁師であっても太刀打ちできない様子になったのです。

  当時の教会も、世界の荒れ狂う大波をまともにかぶって、それに飲み込まれて沈みそうになっていたのです。教会の指導者であったペトロが殉教の死を遂げ、帝国内の各地に次々教会を創って行ったパウロも遂に殉教の死を遂げたとなると、世に浮かぶ小舟のように小さい教会は、船頭がいなくなった舟のように、時代の中でどう活動していけばいいか分からなくなったでしょう。

  余りにも強い逆風に、漕ぎ悩み、立ち往生し、この世の海のど真ん中で引き返すのも、前に進むこともできないにっちもさっちも行かない状態に陥ったに違いありません。

  それで、イエスはどこにおられるかと探しました。すると弟子たちを襲っている恐怖と緊張、大騒ぎとは打って変わって、舟の後方、艫(とも)の方で、枕をして鼾(いびき)をかいて、とは書かれていませんが、眠っていらっしゃるではありませんか。

  弟子たちの怒鳴り声や叫び声、その騒ぎは、当時の教会の中が収拾のつかなくなるほど混乱してしまった状態を映し出しているかも知れません。

  あるいはその混乱の中で、イエスが眠っていてちっとも働いてくださらない教会のいらだち、現実の迫害の中でイエスの姿が見えないもどかしさを反映しているかも知れません。

      (つづく)

                                      2010年4月25日

                       板橋大山教会   上垣 勝

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