パウロと一期一会


                        大聖堂から見下ろすベルンの甍(3) 
  
  
  
                                              地上をどう生きる (上)
                                              コロサイ1章1-2節

                                 (1)
  今日から、今読んで頂いた「コロサイの信徒への手紙」を、1年前後かけて時々学ぼうと思います。

  コロサイは、現在のトルコの内陸部にあった小さな町です。紀元前4、5百年前には毛織物の集積地で大変栄えましたが、徐々に衰えて、この手紙が送られて数十年後には歴史から消えてしまったようです。現在は殆ど痕跡を残しません。ですからコロサイの町は、人間社会の栄枯盛衰の哀しさを知っている町だと言っていいでしょう。

  この町は、この手紙が残っているから消息を留めていますが、なければすっかり消えていますから、これは非常に大事な手紙だといえます。

  リュコス川の谷沿いに作られたこの町は、手紙が宛てられた頃には、もう経済的に重要な場所ではなくなっていました。10数キロ西へ行ったラオデキアやヒエラポリスの町の方が遥かに栄えて、先ほど触れましたが、手紙が送られてから数十年すると、消滅したのです。

  ですから、パウロがこれを送った頃は、全盛期が過ぎ、長い町の歴史の最晩年を迎えていたと言っていいでしょう。そういう没落の町です。

  パウロはこの手紙をどこから書いたかというと、恐らくこの町から200キロほど離れた、エーゲ海に面したエフェソの町の獄中からです。これには別の説もあって、エフェソでなくローマの獄中からであると言われます。そうなら、何と2千キロも離れた獄中から、滅びそうになっている小さな町のクリスチャン達に手紙を送ったという事になりますから、驚くべき手紙です。

  いずれにせよ、この手紙は、これまで学んできたフィリピの信徒への手紙と同様、獄中書簡ですが、その様に遥か遠い獄中から、衰退しつつある小さな町の信徒たちに手紙を宛てたというところに、パウロの人間として味と魅力が見えます。

  彼は、大教会だから大事だとか、小教会だからそうではないとか、滅びつつある町だから目をかけなくていいと考えていない。そういう実益の価値観から自由なところから、この手紙は書かれています。先ずこのことは記憶に留めたいことです。

  人生の最晩年を向かえつつある方が、しかも貧しい方が教会に来られて、信仰を求め始められます。と同時に、若々しい前途有望な青年が教会に来る。その時、最初の人はもう先が長くないから、時間をかけて相手にしない教会があったら、それはキリスト教会とは言い難い。たとえ、人生の最晩年になっていても、人の命の重さは同等な筈です。

  東京都の石原知事は前に、重度障害者の施設を視察して、記者会見で「ああいう人ってのは人格あるのかね」と発言して、その暴言が問題になりました。石原知事による高齢者の福祉打ち切りの政策のこともありますから、それと比べるパウロの行なっていることは、2千年前なのに大変格調が高いと思います。この手紙にはそういう視点があります。

  大伝道者パウロは、消滅しようとしている町の小さな群れに、心血を注いで手紙を書き送ったのです。活字にすれば6ページですが、これを筆で書けば大変時間がかかります。途中間違ったりしますから、相当長時間心を集中しなければ書けません。しかも、フィリピの手紙もそうでしたが、この手紙も、今の日本と違い万一の場合、先日中国で日本人死刑囚4人が有無を言わせず処刑されましたが、パウロも即刻処刑されるかも知れない状況にあります。そういう大事な日々なのに、この没落しつつある町の少数の信徒たちのために時間を費やし、いかに大事に思い接しているかということです。

  一期一会と簡単に言いますが、私たちは大抵言葉だけで今、目の前にいる人と一期一会の気持ちで会っていないでしょう。でも、パウロはこの時を一期一会で過している。最後の晩餐は一期一会でした。あの杯は一期一会です。

  利休の茶の道の中心にキリスト教思想が入っていると言われますが、確かに利休の奥さんからキリスト教的一期一会の思想が入ったかも知れません。

  それはともかく、パウロのこのあり方は、私たちの生き方について、大変考えさせられるところがあります。

             (つづく)

                                     2010年4月11日

                        板橋大山教会   上垣 勝

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