神のヘセドとは


   
                                          マタイ5章3-12節

                                 (1)
  今お読みいただいた聖書は、数え方で違うのですが八福の教えといいます。この八福の教えは、一つ一つそれぞれは、新鮮な水が絶えず流れ出ている泉のようなところがあります。8つの泉です。今日はその一本の泉、7節の「憐れみ深い人々は幸いである。その人たちは憐れみを受ける」を中心に、この泉を味わってみましょう。

  この言葉は、注意して読みますと他の幸いとは違う所があります。イエスは、「憐れみ深い人たちは、憐れみを受ける」と約束されていますが、他の幸いでは、例えば心の貧しい人たちには天国が、悲しむ人たちには慰めがという風に、もっと良いものやもっと大きいものが約束されているのです。ところが、憐れみ深く生きている人々には、同じ憐れみが授けられると語られているだけだからです。憐れみ深い人たちに、どうしてイエスは憐れみ以上のものをお約束にならなかったのでしょう。

  それは、憐れみにおいてこそ神の恵みが満ちあふれているからです。憐れみ深い人は、神様の命に生かされ、人間性に満ちあふれている人たちだといえますが、その人たちに更に満ちあふれた神の恵み、神の最高のものが授けられるということでしょう。

                                 (2)
  漢和辞典を見ると、「憐れみ」は元々「いとおしみ、かわいがる」という意味です。「不憫(ふびん)に思う」とか「気の毒に思う」という意味もありますが、愛をもって慈しむこと。慈しむという面が強くあります。慈愛とか、慈悲に近い意味です。

  聖書では、「憐れみ」という言葉は非常に古くからあります。その長い歴史の道のりの中で意味が膨らみ、豊かさを加えてきました。新約聖書ギリシャ語で書かれていますが、ギリシャ語では憐れみは「エレオス」という言葉です。「エレオス」といっても余りなじみがないように思われますが、讃美歌に「キリエ・エレイソン」(主よ、憐れみたまえ)という歌が何曲か入っています。このエレイソンは、エレオスという言葉から由来したものです。一方はラテン語ですが、エレオスはギリシャ語です。

  そしてこのエレオスというギリシャ語は、旧約聖書ヘブライ語の「ヘセド」という言葉の訳なのです。ですから、今日は「神のヘセドとは」という題ですが、その意味は「神の憐れみとは」ということになります。

  先週も、今日の看板をAさんがお書きくださって道路ぎわに張ってくださいました。するとその日、お隣の洋服屋さんが、「ヘセドとはどういうことですか」と尋ねるんです。それで笑いながら「来週礼拝でお話しますよ」と言いましたら、「奥さんもそう言ってた」と言われました。それで更に笑いました。だって、お隣さんから「ヘセド」について聞かれるだろうから、聞かれたら「ぜひ日曜日に来てください」と言おうと、口裏を合わせていたんですよ。箴言に、「人の心の計りごとは、深い井戸のよう」とあります。

  冗談はそれまでにして、「ヘセド」という言葉は、旧約聖書中最も麗しい言葉の1つだと言われています。普通これは愛と訳されますが、これほど美しく、ほれぼれする言葉はないようです。ですから、「ヘセド」とは、平和な心から生まれる憐れみ深さと言えばいいでしょうか。心に平和がないと、深い憐れみや、深い愛は現われて来ません。自分にイライラしていれば憐れみ深さなど表す余裕などありません。そして、平和な心が他者に向けられる時、憐れみになるのです。

  ですから、「憐れみ深い人々は幸いである」とは、そういう麗しい、愛の香るような憐れみ深さです。と言っても、高貴な所や高尚な所にしかない憐れみ深さというのでなく、イエスはこれを山上の説教で集まってきた大勢の群衆に語られたわけで、普通の人たちが、普通の生活においてそういう憐れみ深さをもつようにここで言われたのです。

  聖書の先の方にある第1ペトロに、「憐れみ深く、謙遜になりなさい」と、憐れみと謙遜が並べて勧められているのは、そういう普通の生活の中での勧めだからです。

  「ヘセド」は更に、神様との契約が関係した言葉です。イザヤ書に、どんなことがあろうと神の「愛は、あなた方から離れない」という言葉がありますが、「ヘセド」は、永遠に変わらない、不滅の愛、決して裏切りのない、信頼できる神の愛を意味しています。今日はあちこち聖書を引用して申し訳ありませんが、パウロ新約聖書のテモテ後書で、キリストの真実な愛について述べて、「たとえ、私たちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることができないのである」と述べていますが、憐れみ深い「ヘセド」の愛とは、そういう裏切りのない愛です。

        (つづく)

             2008年8月3日    
 
                                           板橋大山教会   上垣 勝
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  (今日の写真は、ボーヌの中心の街並み。)